セッション詳細は左上3本線またはsessionより…
私は「占い」が嫌いだった 自分の人生が誰かの見立てで進んでいるようでモヤモヤするから…
そして「自分」のことなのに「自分」で決められない…が分からなかった
ところが人生を進んでいくうちに壁にぶちあたる
自分のことなのに消化しきれない出来事 準備をしておけば難なくクリア出来ていたことが違うカタチで勃発
外側からくる予期せぬ出来事にただただ翻弄 疲弊していく自分を修正できなくなっていった
ある日 信頼している人が私の今起きている現象を「西洋占星術 星よみ」でみてくれた
ホロスコープ(星の配置図)を前に私の心の壁は反立っていて信頼と反発が交差していた
そもそも信じる心がない状態からのスタートで質問ばかり投げかけ 相手を困らせてしまった(今となっては本当に申し訳なく思う)
それでも根気よく「信じなくてもいいから聞いていてね」と 太陽おうしの話 他の天体とのアスペクト(星のエネルギーの流れ)を
教えてくれる
そもそも私は生まれた時間がわからない
だからどうしても主要な その要素が起きる場面 出来事 目指す先が定めにくい
それでもたくさんの自分の知らない自分の可能性を教えてくれた
最終的に全体の3割ほどを自分に落とし込みつつ 重ねつつ 考える帰路となる
その時に思ったのは「答えが出せない」「分からない」「翻弄されている」時間に支配されているなら
自分の星で違う側面のヒントを得るのも悪くはないのかな…(半信半疑)そんな気持ちだった
きっと「自分の星」ってフレーズも納得が進む要因だったのかも
信頼するその人が使う占術だから一旦信じてみる方向に意識を向ける(疲弊して他力本願な気持ちもあった)
すると「西洋占星術」とは…という初手の疑問から調べ魔の私はいろんな情報に触れはじめる
それでも星に対する信頼は100パーセントではなかった
過去の自分におきた出来事を洗い出し 星と照らしてみる
答え合わせにはたくさんの知識が必要で 納得するために星をよむ日々となる
(100%でないからこそ何でも当てはめたり決めつけたりしなかった事が功を奏して客観視できたのも◎)
星の勉強をしていると同時に自分の人生を振り返り その時の感情や行動を客観視することがすすんでいく
ここではくわしく過去の出来事に触れないが セッションでは私の体験も一つのヒントとしてお知らせすることがあるかもしれない
そこからの数年は星を信じるための勉強なのか 自分の星を知りたい欲求なのか 信じないと決定づける材料を探すための探求なのか…
きっと全てだった様に思う それでも「自分」を知るための時間となったことには変わりない
今もまだ自分探しの途中だが星への信頼は100パーセントに(というより信じるから星と連動できている感覚がわかった時心からその状態となる この辺についてはまたおいおい書いていこうとおもう)
西洋占星術から自分の人生の歩き方のヒントを得て どうしようもない感情から解放され 別の観点からの道しるべに感動し
別の視点からの気づきに癒され 自分を大切におもうとはどういうことか体感できるようになってくる
私がセッションをする想いの一つは
答えの出ない 出せないモヤモヤに支配されている時
自分の思考では打開できないと知る瞬間がやってくる
そんな時 自分の星からヒントや方向性 打開策がわかればどんなに楽になるだろう そう思うから
私がそうだった様に 星よみがその人の人生の起点 起爆剤になることを知っている
だから私は全力であなたの星を視るのだとおもう…